目次
はじめに
この文書は、妊娠中に血圧が低くなること(低血圧)について、わかりやすく丁寧に解説することを目的としています。妊娠期は体にさまざまな変化が起き、普段よりめまいやだるさを感じやすくなります。本書では原因、よく出る症状、注意すべき仰臥位低血圧症候群、母体や胎児への影響、日常生活での対策、医療機関へ相談するタイミング、妊娠高血圧症候群との違いまでを順に説明します。
対象読者
妊婦さんご本人、そのご家族、妊娠中の体調変化に不安を感じる方を主な想定読者としています。医療関係者向けの高度な専門解説は含みません。
本書の使い方
各章は単独でも読めるようにまとめました。まずは第2章で低血圧が起きやすい理由を確認し、気になる症状があれば第3章や第6章を参照してください。症状が重い場合は第7章を読み、速やかに医療機関へ相談してください。
注意点
本書は一般的な情報提供を目的とします。具体的な診断や治療は必ず医師に相談してください。
妊娠中に低血圧が起きやすい理由
概要
妊娠中は体が赤ちゃんを育てるために大きく変わります。ホルモンや循環(血の流れ)の変化で、血圧が下がりやすくなります。特に妊娠初期から中期にかけて、めまいや立ちくらみを感じる人が多くなります。以下で主な理由をわかりやすく説明します。
1)ホルモンの影響
妊娠でプロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌が増えます。このホルモンは血管を広げる働きがあり、血管がゆるむと血圧が下がります。分かりやすく言うと、ホースの口径が広がって水の勢いが弱くなるようなイメージです。
2)血液量の増加と血管の拡張
妊娠前より血液量は約1.5倍に増えますが、同時に血管も広がります。血の量は増えても血管が広がる力が勝つと、血圧は低くなりやすいです。つまり量は増えても“薄められた”ような状態になります。
3)子宮による血管の圧迫
子宮が大きくなると骨盤内の太い血管を押してしまい、下半身から心臓へ戻る血の流れが悪くなることがあります。特に仰向けで長く寝ると起こりやすく、立ち上がったときにめまいがすることがあります。
4)体位や日常の動作で起こる変化
朝に急に起き上がる、長時間立ち続ける、暑い場所にいるなどで血が下半身にたまりやすくなり、血圧が下がることがあります。食後にだるくなるのも、ときに血圧低下が関係します。
これらの要因が重なって、妊娠中は低血圧になりやすくなります。次章では低血圧で現れやすい症状について見ていきます。
妊娠中の低血圧による主な症状
主な症状
妊娠中の低血圧では、めまいや立ちくらみが最も多く見られます。立ち上がったときにフワッとする、視界が暗くなる、目の前がチカチカするなどの感覚です。倦怠感やいつもより疲れやすいと感じることもあります。
頭痛や動悸、吐き気を伴うこともあります。まれに意識が遠のくような感じや失神に近い症状が出ることがあるため、特に強い場合は注意が必要です。
症状が現れやすい場面
症状は起床時、長時間座ったり立ったりした後、急に立ち上がったときに出やすいです。満員電車や暑い場所、長時間の買い物などでふらつくことがあります。
つわりや脱水との関係
つわりで食欲や水分摂取が減ると脱水になりやすく、低血圧が悪化します。例えば吐き気で水分を控えると、立ちくらみが強くなることがあります。
症状が強いときの目安
椅子に座って休んでも改善しない、何度も失神しそうになる、胸の痛みや呼吸困難があるときはすぐ受診してください。日常では無理をせず、ゆっくり動く・こまめに水分を摂る・座るか横になるといった対処をおすすめします。
仰臥位低血圧症候群にも注意
何が起きるか
妊娠中期以降、子宮が大きくなると仰向け(あおむけ)に寝た際に子宮が下大静脈を圧迫します。下大静脈が圧迫されると心臓へ戻る血液量が減り、急に血圧が下がってめまいや気分不良を起こします。簡単に言うと、寝方で血の流れが悪くなる状態です。
いつ起こりやすいか
特に妊娠20週以降やお腹が大きくなってきた時期に多く、夜間や休憩中に仰向けで疲れて眠ってしまった時に起こりやすいです。
主な症状
めまい、冷や汗、顔色が悪くなる、吐き気、意識が遠のく感じなどが現れます。短時間で治ることもありますが、立ち上がれないほどつらい場合は注意が必要です。
家でできる対処法
- すぐに体を左側に向けて横になります。左側を下にすると圧迫が楽になります。
- 仰向けで休む場合は、膝の下や右腰の下にクッションを入れてお腹を少し左に傾けます。具体例:膝の下に枕1つ、腰の下にクッション1つ。
- ゆっくり起き上がる、水分を摂る、誰かに声をかけてもらうことも有効です。
受診の目安
症状が頻繁に出る、意識を失った、胎動が急に少なくなった場合は早めに受診してください。医師は状態を確認し、必要な指導や検査を行います。
妊娠中の低血圧が母体・胎児に与える影響
概要
軽度から中等度の低血圧は多くの場合、命に関わることは少ないです。ただし症状が強いと日常生活や妊娠管理に支障が出るため、注意が必要です。
母体への影響
めまいや立ちくらみ、疲れやすさを感じやすくなります。朝起きて急に立ち上がるとふらつく、長時間立っていると気分が悪くなるといった例があります。強いめまいで失神すると転倒やけがにつながるため、動作はゆっくりめにするなど日常の工夫が大切です。
事故や転倒のリスク
台所や階段での転倒は胎盤への外力や腹部外傷を招く恐れがあります。料理中にめまいがして物を落とす、階段で踏み外すといった具体例を想定して、立ち作業時は周囲の片付けや休憩をこまめに取りましょう。
胎児への影響
通常は胎児に大きな影響は少ないとされています。ですが、極端に血圧が低い状態が続くと、胎盤への血流が一時的に減り酸素や栄養の供給が落ちることがあります。その結果、胎動が弱く感じられたり、重度の場合には成長の遅れにつながることが考えられます。胎動が減ったと感じたら早めに受診してください。
相談の目安
失神した、めまいが頻回で生活に支障がある、胎動の変化がある、飲食ができないほど具合が悪い場合は速やかに医療機関に相談してください。簡単な対策で改善することも多いですが、不安があるときは専門家に確認しましょう。
妊娠中の低血圧の主な対策と生活の注意点
こまめな水分補給
脱水で血圧が下がりやすくなります。常温の水や麦茶をこまめに飲み、外出時は水筒を持ち歩きましょう。目安は無理のない範囲で1日1.5〜2リットルですが、体調に合わせて調整してください。
規則正しい食事と朝食を抜かない
空腹で血糖が下がるとめまいやふらつきが起きます。朝食は必ず摂り、混ぜご飯やパンに卵やヨーグルトを添えるなど、たんぱく質と炭水化物を組み合わせると安定します。
ゆっくりと体を動かす
寝起きや座位からの立ち上がりはゆっくり行ってください。まず座ったまま足踏みや足首回しをしてから立つと楽になります。急な姿勢変化を避けることが大切です。
長時間の立ち仕事や同じ姿勢を避ける
長時間立ちっぱなしや座りっぱなしを避け、30〜60分ごとに座るか休憩を取りましょう。脚を動かしたり、軽く足を高くするだけでも血流が改善します。必要なら弾性ストッキングを使うと足のだるさが和らぎます。
休むときの姿勢
仰向けで長時間寝るとめまいを招くことがあります。横向き、特に左側を下にすると楽になります。抱き枕やクッションで体を支えると安定します。
日常のちょっとした工夫
・出かける前に軽い間食を取る(果物やクラッカー)
・暑い場所や長い入浴は避ける
・ゆったりした靴を履く
症状が強い場合は医療機関へ
めまいで倒れる、意識が遠のく、動悸や息切れが強いときはすぐに医師に相談してください。繰り返す症状や不安がある場合も受診をおすすめします。
医療機関への相談タイミング
はじめに
めまいや立ちくらみは妊娠中に起きやすい症状ですが、放置すると危険な場合があります。以下を目安に早めに主治医や助産師に相談してください。
すぐに受診・救急要請が必要な場合(緊急)
- 失神や意識を失った場合、転倒してけがをした場合
- 強い出血がある場合(鮮血や大量の出血)
- 胎動が急に弱くなった、感じにくいとき
- 嘔吐が続き水分がとれないとき
- 激しい腹痛、高熱、呼吸困難があるとき
救急が必要なら119(日本)へ連絡してください。
早めにかかりつけに相談したほうがよい場合
- めまい・立ちくらみが強く日常生活に支障があるとき
- 頻繁にふらつく、転倒しそうになるとき
- 血圧が普段より低く続く、ふらつきと同時に起こるとき
- つわりが重く脱水が心配なとき
受診前に準備しておくこと
- 症状が出た時間、持続時間、頻度を記録する
- 胎動の変化があればいつからか伝える
- 自宅での血圧や脈拍の数値があればメモする
- 水分摂取や食事の状況、服用中の薬を書いておく
受診時に行われること(主な例)
- 血圧・脈拍・体温の測定、尿検査
- 必要に応じて血液検査や点滴、胎児心拍の確認
- 原因に応じた治療や生活上の指導
気になる症状があるときは一人で悩まず早めに相談してください。安心して過ごせるように医療と連携しましょう。
妊娠高血圧症候群との違い
概要
妊娠高血圧症候群は妊娠20週以降に血圧が高くなり、尿にタンパクが出たり臓器に影響が出たりすることがある病気です。母体と胎児に対するリスクが高く、継続的な管理が必要です。一方、妊娠中の低血圧は血圧が低めに保たれる状態で、めまいや立ちくらみが主な問題です。一般的に重篤な合併症は少ないですが、転倒や意識消失による事故に注意が必要です。
主な違い(わかりやすく)
- 血圧の方向:妊娠高血圧は上がる、低血圧は下がる。
- リスク度合い:高血圧は母体・胎児への影響が大きく入院や薬の処方が必要な場合がある。低血圧は症状対策が中心。
- 検査と経過観察:高血圧は尿検査や血液検査、胎児の様子の確認を頻繁に行う。低血圧は日常の注意と症状に応じた受診で対応します。
症状と対応の違い
妊娠高血圧では頭痛、視覚異常、右上腹部痛などが出ることがあり、すぐに受診が必要です。低血圧では立ちくらみ、冷や汗、疲れやすさが目立ち、ゆっくり立つ、水分をとる、転倒対策をすることで軽減します。
受診の目安
- 血圧が高めで頭痛や視力障害がある場合は早めに受診してください。
- 突然の強いめまいや意識消失、頻回の立ちくらみがあるときも受診を。
まとめ
全体の要点
妊娠中の低血圧は、多くの場合、ホルモンや血流の変化による生理的な現象です。過度に不安を感じる必要はありませんが、症状が強いと日常生活に支障が出るため、自己管理と適切な受診が大切です。
日常で心がけること
- 水分をこまめにとる:一度に大量より少しずつが楽です。起床時や外出前に水分補給をします。
- 食事:少量を回数多くとり、極端な塩分制限は避けます。血糖が下がるとめまいが出やすいので軽い間食も有効です。
- 体の動かし方:立ち上がるときはゆっくり行い、横になるときは左側を下にする姿勢が楽なことが多いです。
- 衣類・補助:きつい服は避け、必要なら弾性ストッキングを使います。
受診の目安
- 短時間で何度も失神する、強いめまいや胸痛、息切れがある場合
- 胎動が明らかに少なく感じる場合
医療機関では血圧測定や血液検査、必要に応じて詳しい検査を行います。
安心して過ごすために
自己ケアで多くは改善しますが、不安があれば遠慮せず医師や助産師に相談してください。早めの相談が安心につながります。