はじめに
この記事の目的
この連載では「妊娠高血圧腎症」について、原因・症状・診断・治療・予防までをやさしく分かりやすく解説します。専門用語は必要最小限にし、具体例や日常的な表現で補足します。
対象となる方
妊娠中の方、そのご家族、これから妊娠を考えている方、医療従事者で基礎知識を確認したい方に向けています。専門的な治療は医師に相談してください。
読み方のポイント
各章で「何が問題か」「どう診断するか」「どう対応するか」を順に説明します。症状やリスクは個人差があるため、気になる点は早めに受診することをお勧めします。
注意事項
本記事は医療情報の一般的な解説です。具体的な診断・治療は必ず担当医の判断に従ってください。
妊娠高血圧腎症とは
定義
妊娠高血圧腎症は、妊娠中に新たに現れる高血圧と尿にタンパクが出る状態を指します。以前は「子癇前症(preeclampsia)」と呼ばれていましたが、2018年以降の診断基準で日本では妊娠高血圧腎症という言い方が一般的になりました。
いつ起こるか
通常、妊娠20週以降に発症します。多くの場合、出産後12週間以内に血圧や尿の状態が改善して元に戻りますが、人によっては長引くことがあります。
主な特徴と日常での気づき方
- 高血圧:自覚がないこともあります。健診で血圧が高いと言われたら注意してください。
- タンパク尿:尿が泡立つ、検診でタンパクが出ていると指摘されることが多いです。
- こんな変化に気をつけてください:顔や手足のむくみ、急な体重増加、強い頭痛、視界の変化(かすむ、チカチカする)など。日常の変化をメモして医師に伝えると診察がスムーズです。
なぜ重要か
妊娠高血圧腎症は母体と赤ちゃんに影響を及ぼす可能性があります。早めに気づき、適切に管理することでリスクを下げられます。妊婦健診を欠かさず、気になる症状があればすぐに相談してください。
発症のメカニズムと原因
妊娠高血圧腎症の原因は完全に解明されていませんが、胎盤の形成異常が中心的な要因と考えられています。以下に主要なメカニズムを、できるだけ分かりやすく説明します。
胎盤の形成異常
子宮の内膜に入る胎盤の血管が十分に広がらないと、胎児・胎盤への血流が悪くなります。血流不足は胎盤での酸素や栄養の供給を妨げ、胎盤から異常な物質が母体へ放出されます。
血管やホルモンのバランス異常
胎盤由来の物質のうち、PlGF(血管をつくる助け)とsFlt‑1(それを抑える物質)のバランスが崩れます。sFlt‑1が増えるとPlGFが働けなくなり、血管の働きが悪くなります。たとえば、綱引きで頼りになる味方が減るような状態で、血圧上昇や腎臓のろ過障害(たんぱく尿)につながります。
免疫・炎症の関与
母体の免疫反応が胎盤に対して過度に働くことがあります。過剰な炎症で血管の内側(内皮)が傷つきやすくなり、全身の血管機能が乱れます。
血液の変化と凝固
血液が固まりやすくなることで胎盤内に小さい血栓ができ、さらに血流が悪化します。これも胎盤機能低下を悪化させます。
これらの要素が重なり合い、母体の血管や腎臓に影響を及ぼして妊娠高血圧腎症として現れます。個々の妊婦さんで関与の程度は異なります。
症状と診断基準
症状
- 高血圧:収縮期(上の値)140 mmHg以上、または拡張期(下の値)90 mmHg以上が目安です。測るときは座った状態で安静にし、適正なカフを使って繰り返し確認します。
- タンパク尿:尿の泡立ちや浮腫(手足や顔のむくみ)として気づくことがあります。検査で尿蛋白が認められます。
- その他の症状:持続する頭痛、視覚障害(しばしばチカチカする、かすむ)、右上腹部の痛み、尿量の減少、息苦しさなどが出ることがあります。
- 胎児側の所見:胎児の体重が小さい(胎児発育不全)や胎動の減少も見られます。
診断基準
- 発症時期:原則として妊娠20週以降に初めて高血圧を認めた場合に診断を考えます。
- 基本的な診断条件:高血圧(収縮期≥140または拡張期≥90)に加え、タンパク尿があること(24時間尿で蛋白量≥300 mg、または尿蛋白/クレアチニン比≥0.3、あるいは簡易検査で2+以上)。
- タンパク尿がなくても診断できる場合:肝機能障害、腎機能障害(クレアチニン上昇など)、血液凝固の異常、神経症状(持続する頭痛や視覚障害)、胎児発育不全などの合併症があれば妊娠高血圧腎症と診断されます。
- 時期の特徴:妊娠20週以降に出現し、出産後12週までに症状が消失することが多い点が特徴です。
検査と診断のポイント
- 血圧は1回だけで判断せず、安静時に時間をおいて複数回測定します。
- 尿検査は簡易検査(ディップスティック)だけでなく、必要に応じて24時間尿や尿蛋白/クレアチニン比を行います。
- 血液検査で血小板数、肝酵素、腎機能、凝固系を確認します。胎児は超音波で発育や羊水量を評価します。
重症徴候(緊急性が高い場合)
- 収縮期160 mmHg以上または拡張期110 mmHg以上の高度な高血圧
- 持続する強い頭痛や視力障害、けいれんの前兆
- 血小板著減や肝酵素の顕著な上昇、尿量の著しい低下、呼吸困難
これらがあれば速やかに医療機関を受診し、入院や速やかな治療が必要になります。
鑑別と経過
- 慢性高血圧:妊娠前から高血圧がある場合や妊娠20週より前に診断された場合は別の扱いになります。
- 妊娠高血圧:高血圧のみで他の障害がなければ妊娠高血圧と呼ばれますが、合併症が出れば診断が変わります。
初期の症状は見逃されやすいので、定期検診で血圧や尿検査を受けることが大切です。
リスク要因
妊娠高血圧腎症の発症にはいくつかの明らかなリスク要因があります。ここでは一つずつわかりやすく説明します。
高血圧の既往
もともと高血圧があると、妊娠中に血圧がさらに上がりやすくなります。たとえば、妊娠前から降圧薬を服用している方や以前から血圧が高めの方は注意が必要です。妊娠前・妊娠初期から血圧を定期的に測り、医師と薬の調整を相談してください。
糖尿病
糖尿病は血管に負担をかけます。既に糖尿病がある方や妊娠中に血糖が高くなる方は、血管や胎盤の働きに影響してリスクが上がります。食事や運動で血糖を管理し、妊婦健診で血糖の検査を受けましょう。
腎臓病の既往
腎臓の働きが落ちていると、体の水分や塩分の調整が難しくなります。慢性腎疾患や以前に蛋白尿が出たことがある方は、腎機能のチェックが重要です。腎臓専門医と連携して管理します。
肥満
体重が多いと炎症やインスリン抵抗性が高まり、妊娠高血圧腎症のリスクが増えます。妊娠前に適正体重へ近づけることが望ましく、妊娠中も無理のない範囲での運動とバランスの良い食事が勧められます。
高齢妊娠(40歳以上)
年齢が上がると血管の柔軟性が低下し、胎盤の働きに影響することがあります。年齢に応じた注意深い検査とフォローが必要です。
家族歴
母親や姉妹に妊娠高血圧腎症の既往があると、発症しやすくなります。遺伝的な要因と生活習慣が関係するため、家族歴は産科で必ず伝えてください。
多胎妊娠
双子や三つ子などの多胎は胎盤の負担が大きく、リスクが上がります。超音波や頻回の健診で早期に変化をとらえます。
初産婦や既往歴のある方
初めての妊娠の方はリスクが高い傾向があります。また以前に妊娠高血圧腎症を経験した方は再発率が高まるため、妊娠前からの相談と早期の管理が重要です。
何をすべきか
- 定期的に血圧と尿検査を受ける
- 糖や腎機能の検査を行う
- 生活習慣の改善(食事、運動、体重管理)
- 妊娠前・妊娠中に医師とリスクを相談する
これらの要因が当てはまる場合は、早めの受診とこまめなチェックで合併症の予防につなげましょう。
妊娠高血圧腎症が及ぼす影響
母体への影響
妊娠高血圧腎症は母体のいくつもの臓器に負担をかけます。腎機能が低下するとむくみや尿量の減少が現れ、検査でクレアチニンなどが上がることがあります。肺に水がたまる肺水腫では息苦しさが強くなり、場合によっては酸素を必要とします。重症化するとけいれん発作(子癇)を起こすことがあり、肝臓の数値が悪化したり、出血しやすくなるなど血液の凝固に異常を来します。最悪の場合、母体の命にかかわることもあります。
胎児への影響
胎盤への血流が不十分になると胎児の成長が遅れます(胎児発育遅延)。胎児機能不全により胎児の心拍の変化が出たり、羊水が減ることがあります。その結果、早産や低出生体重で生まれる確率が高くなり、重症例では胎児死亡のリスクも増えます。
リスクの程度と発症時期の重要性
妊娠中期以降に発症する場合と早い時期に発症する場合では経過が異なります。早発例は重症化しやすく、母子ともに合併症が増える傾向があります。症状の進行具合によっては、母体と胎児を守るために早めの分娩が必要になります。
日常で気をつけること
むくみ、激しい頭痛、視界の変化、急な体重増加、息苦しさがあれば医療機関を受診してください。早く発見すれば対応の選択肢が増え、合併症を減らせます。
治療と管理
概要
妊娠高血圧腎症の治療は、母子の安全を最優先にした管理が中心です。多くは安静と定期的な経過観察で落ち着きますが、症状が悪化した場合は入院して集中的に管理します。
入院基準と安静
重症の高血圧、尿たんぱくの急増、肝機能や血小板の異常、胎児の状態不良などがあると入院が必要です。入院では安静にして点滴やこまめな検査で状態を把握します。自宅では横になる時間を増やして、血圧や体重を毎日記録してください。
薬物療法
- 降圧薬:血圧が高い場合は薬で下げます。代表的な薬にラベタロールやニフェジピンがあります。薬は医師が妊娠週数や状態を考えて選びます。副作用や用法を守ってください。
- けいれん予防(マグネシウム硫酸):けいれんの危険があると判断された場合に点滴で使います。短期間で効果を発揮し、医療者が血中濃度や症状を確認しながら投与します。
早期分娩の判断
母体や胎児に危険が及ぶときは、早めに分娩を行うことを検討します。妊娠週数や病状、胎児の成熟度を総合して医師が判断します。具体例として、血圧が非常に高く薬で改善しない場合や胎児の発育が止まった場合などです。
腎臓病合併時の注意点
もともと腎臓に病気がある方は、より慎重に管理します。腎機能の数値や尿量を頻繁に確認し、薬の選択や投与量も調整します。腎臓専門医と連携して治療することが多いです。
自宅での管理と受診の目安
毎日の血圧測定、尿たんぱくのチェック、体重測定を続けてください。めまい、激しい頭痛、視野障害、腹痛、尿量減少などがあればすぐ受診してください。
産後のフォロー
産後も血圧や腎機能を定期的に確認します。妊娠高血圧腎症は将来の心血管疾患リスクを高めるため、減塩や体重管理、定期検診が大切です。
予防策・最新の知見
生活習慣でできる基本の予防
塩分を控えめにし、適度な運動と体重管理を心がけます。具体例としては、味つけを薄めにする、加工食品を減らす、1回30分程度の散歩や軽い有酸素運動を週に数回行うことが挙げられます。喫煙や過度の飲酒は控えてください。
低用量アスピリンの可能性と注意点
最近の研究では、低用量アスピリンが発症リスクを下げたり発症時期を遅らせたりする可能性が報告されています。特にリスクが高い人で妊娠初期から開始すると効果が期待される場合があります。ただし出血などの副作用の懸念があるため、服用は医師の判断に従ってください。
妊婦健診と個別のリスク評価
予防や治療は個別のリスク評価に基づきます。妊婦健診で血圧や尿たんぱくを定期的にチェックし、糖尿病や慢性高血圧の有無も評価します。早めの相談で適切な対策がとれます。
日常生活の具体的な工夫
・加工食品や外食の頻度を減らす
・塩分の代わりにハーブや酸味で味付けする
・体重増加を医師と目標設定する
・ストレスを軽くする休息や簡単な運動を取り入れる
医師と相談するときのポイント
自分のリスク(妊娠歴、既往症、家族歴)を伝え、低用量アスピリンの適否、開始時期、継続期間、副作用の注意点について具体的に確認してください。
まとめ
妊娠高血圧腎症は母体と胎児に重大なリスクをもたらす病気です。早期発見と適切な管理が安全な妊娠・出産につながります。
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早めに受診すること:血圧が高い、尿にタンパクが出るなど異常があれば速やかに医療機関へ相談してください。家庭で血圧を測る、妊婦健診を欠かさないことが大切です。
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日常でできる管理:医師の指示どおりに薬を飲む、塩分を控える、休息を十分にとる、体重の増え方を注意するなど具体的な対策を続けてください。
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妊娠前からの対策:既往症や肥満、高齢などリスクがある方は妊娠前から健康状態を整え、必要なら妊娠前相談を受けてください。
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症状に注意する:ひどい頭痛、目のかすみ、上腹部の痛み、急なむくみ、胎動の減少などがあればすぐ受診してください。
多くの場合、早めの対応と適切な管理で安全に出産できます。不安があれば遠慮なく医療機関に相談してください。