はじめに
本記事の目的
本記事は妊娠高血圧腎症(にんしんこうけつあつじんしょう)について、分かりやすく丁寧に解説することを目的としています。症状、原因、診断、治療、予防、合併症、そして出産後の健康リスクまで、妊婦さんとそのご家族が知っておきたい情報を幅広く取り上げます。
対象となる方
妊娠中の方、妊娠を考えている方、産科医や助産師と話す際に基礎知識を持ちたいご家族に向けています。医療者向けの専門的な論文とは異なり、日常的な言葉で説明します。
妊娠高血圧腎症の概略
妊娠20週以降に高血圧と尿に蛋白が出る状態を指します。母体と胎児の両方に影響を及ぼし得るため、早期発見と適切な管理が重要です。症状は人によって異なり、無症状のこともあります。定期検診を欠かさず受けることが大切です。
読み方のポイント
各章で具体例や日常でできる注意点を紹介します。気になる症状があれば早めに医療機関に相談してください。
妊娠高血圧腎症とは
概要
妊娠高血圧腎症(旧称:子癇前症)は、妊娠20週以降に新たに高血圧が出現し、腎の障害を示す蛋白尿を伴う病気です。母体と胎児の両方に影響を及ぼすため、妊婦健診での早期発見が重要です。
診断基準(簡潔に)
- 血圧:収縮期(上)140mmHg以上、または拡張期(下)90mmHg以上
- 蛋白尿:1日あたり0.3g以上(尿定性検査で陽性を確認することが多い)
これらが妊娠20週以降に初めて認められれば診断の対象になります。妊娠前から高血圧がある場合は別の扱いになります。
なぜ注意が必要か
重症化するとけいれん発作(子癇)や肝・腎・血小板などの多臓器障害、胎児成長遅延や早産につながることがあります。母児ともに重大な合併症や命にかかわることがあるため、経過観察と適切な管理が欠かせません。
軽い場合と重い場合の目安
軽症は比較的症状が少なく、定期受診で経過観察します。重症は血圧が非常に高い(例:160/110mmHg前後)・臓器障害が出る・胎児に影響が出る場合で、入院や早期分娩が必要になることがあります。
日常でできること
定期的に血圧と尿検査を受け、体調の変化(頭痛、視覚異常、急なむくみ、腹痛など)があれば速やかに医師に連絡してください。妊娠中の健診が最も有効な予防手段です。
原因と発症のメカニズム
胎盤の血管形成の異常
妊娠15週ごろまでに胎盤側のらせん動脈が母体の血流に合わせて広がり、胎盤へ十分な血液を送ります。ここがうまくできないと胎盤が酸素や栄養不足になり、胎盤から炎症性の物質や血管に影響する因子が出ます。これが母体の血管を傷つけ、血圧上昇や腎の障害につながります。
オートファジー不全と免疫の影響
オートファジーは細胞内の“掃除”です。胎盤でこれがうまく働かないと老廃物がたまり、細胞からの異常な信号が増えます。加えて母体の免疫反応が過度に働くと、胎盤と母体のやり取りが乱れ、血管の働きが悪くなります。
酸化ストレスと抗酸化のバランス
活性酸素が増えると血管や細胞を傷めます。抗酸化物質が足りないと修復が追いつかず、胎盤機能の低下を招きます。これは血管の収縮や炎症を強めます。
リスク因子と具体例
初めての妊娠や多胎妊娠、高齢出産は胎盤に負担がかかりやすいです。もともと高血圧や腎疾患、糖尿病、肥満があると発症しやすくなります。例えば既往に高血圧がある人は血管のもろさがあるため、妊娠中に症状が出やすくなります。
胎盤異常から症状へ
胎盤の異常→炎症や血管のダメージ→母体の血管が収縮して血圧上昇→腎に負担がかかり蛋白尿や腎機能障害を起こす、という流れで症状が現れます。日常の例で言えば、胎盤が“窮屈”になると母体側にさまざまな信号が届き、全身に影響が出ることが多いです。
症状と合併症
主な症状
- 高血圧:健診で血圧が上がる(例:140/90mmHg以上)。自覚がないこともあります。
- 蛋白尿:尿に蛋白が出ることで、試験紙で陽性になることがあります。
- むくみ(浮腫):手足や顔のむくみが強くなります。指輪が入らない、靴がきついなどが目安です。
- 頭痛・めまい・視力障害:強い頭痛、めまい、光がチカチカする、視野がぼやけるなどが現れます。
- 上腹部痛:肝臓付近(右上腹部)の痛みや胸やけに似た不快感。
- 呼吸困難:肺に水がたまると息苦しくなります。
重症化したときの母体合併症
- けいれん発作(子癇):全身けいれんや意識消失を起こし、緊急処置が必要です。
- 脳出血:突然の片側の麻痺や言語障害、意識障害が出ます。
- 肝機能障害:血液検査の異常、腹痛や吐き気が出ることがあります。
- 腎不全:尿量が少なくなり、検査で腎機能低下を示します。
胎児への影響
- 胎児発育不全(低体重):胎盤機能が低下し成長が遅れます。
- 胎児機能不全:胎動の減少や心拍数異常が出ます。
- 早産・胎盤早期剥離:早期に出産が必要になったり、胎盤が剥がれて出血する危険があります。
- 死産のリスク上昇
受診の目安と対応
- 強い頭痛、視力障害、腹痛、息苦しさ、けいれんや急な出血があれば直ちに受診または救急を受けてください。
- 日常では血圧測定と尿検査を続け、異常があれば担当医と相談してください。
加重型妊娠高血圧腎症・HELLP症候群
概要
加重型妊娠高血圧腎症は、妊娠前や妊娠20週以前に高血圧や腎の病気がある人が、妊娠20週以降に症状が悪化した状態です。胎児や母体に深刻な影響を及ぼすことがあるため、早めの対応が重要です。
HELLP症候群とは
HELLPは「溶血(Hemolysis)」「肝酵素上昇(Elevated Liver enzymes)」「血小板減少(Low Platelets)」の頭文字です。妊娠高血圧腎症の重い形で、肝臓や血液の働きが乱れます。症状は急に進行することがあります。
主な症状と具体例
- 強い上腹部痛や右肩の痛み(肝周囲の痛み)
- 激しい頭痛や視覚異常(ちらつき・かすみ)
- 吐き気、嘔吐、食欲不振
- 出血しやすい、あざができやすい
- 尿量の減少やめまい
これらが現れたら速やかに受診してください。
検査と治療のポイント
- 血液検査で血小板数、肝酵素、溶血の有無を調べます。尿検査や胎児の状態も確認します。
- 治療は重症度で決まります。入院して安静と経過観察を行うことが多く、血圧を下げる薬や輸血、必要に応じてステロイド投与を行います。
- 胎児の安全を優先し、早産分娩が必要になることがあります。産科医と緊密に相談することが大切です。
妊婦と家族ができること
血圧や体調の変化を日々記録し、異常を感じたらすぐ医療機関へ連絡してください。家族は受診や入院時の付き添い、医師との情報共有で支えると良いです。
診断と治療
診断の基本
血圧測定と尿蛋白検査が診断の土台です。妊婦健診で基準を超える血圧(140/90 mmHg以上)や尿蛋白が見つかれば、さらに詳しい検査を行います。診察での繰り返し測定や自宅での血圧記録も有用です。
補助検査
- 血液検査:肝・腎機能、血小板数、貧血や電解質の確認をします。具体例は血清クレアチニンやAST/ALT、血小板数です。
- 尿検査:24時間尿蛋白や尿蛋白/クレアチニン比で量を評価します。
- 胎児評価:超音波検査で胎児の発育と羊水量を確認します。必要に応じて胎児心拍のモニタリングを行います。
治療の方針(軽症)
軽症では外来での経過観察を優先します。安静や塩分の過剰摂取を避ける指導、定期的な血圧・尿・血液検査、週に数回の胎児超音波や心拍確認を行うことがあります。
治療の方針(重症)
重症や合併症が疑われる場合は入院管理が必要です。薬による降圧、点滴や水分管理、血液検査の頻回チェックで肝腎機能や血小板数を監視します。母体や胎児の状態が悪化すれば、早期分娩(誘発分娩または帝王切開)を考慮します。
子癇(けいれん)予防と分娩準備
子癇予防には硫酸マグネシウムを用いることが一般的です。早産が予想される場合は、胎児の肺成熟のためにコルチコステロイドを投与することがあります。
産後管理
出産後も血圧が続くことがあるため、退院後も定期的に測定し、必要があれば降圧薬を継続します。母体の回復と赤ちゃんの様子を合わせて観察します。
受診の目安
強い頭痛、目のかすみ、上腹部の痛み、胎児の動きが急に減った場合はすぐに受診してください。
予防とリスク低減策
イントロ
妊娠高血圧腎症を完全に防ぐ方法は確立していませんが、リスクを下げるためにできることはあります。ここでは実践しやすい対策を具体例とともに説明します。
妊娠前からできること
- 体重管理:適正体重を目指し、無理のない運動(例:週に数回の早歩き30分)を続けます。
- 持病の管理:高血圧や糖尿病がある場合は妊娠前に医師と相談して状態を整えます。薬の調整や検査が必要です。
- 禁煙・節酒:喫煙や過度の飲酒はリスクを高めます。妊娠前からやめることが望ましいです。
妊娠中の注意点
- 定期検診を欠かさない:血圧と尿たんぱくのチェックは重要です。気になる症状(ひどい頭痛、視力障害、急なむくみなど)が出たらすぐに受診してください。
- 日常の工夫:塩分をほどよく控え、野菜中心の食事、適度な運動、十分な休息を心がけます。
低用量アスピリンについて
高リスクと判断された場合、医師が低用量アスピリンを予防的に処方する報告があります。一般に開始時期や用量は専門医の判断で決めますので、自己判断で始めたり中止したりしないでください。
医療との連携
リスクが高い場合は産科医や内科と連携し、個別の計画を立てます。疑問や不安は遠慮せずに相談してください。
妊娠高血圧腎症と今後の健康リスク
概要
妊娠中に妊娠高血圧腎症を経験すると、産後も将来の健康に影響が出ることがあります。高血圧や腎臓の病気、心臓や血管の病気のリスクが高まるため、産後の管理が大切です。
長期的なリスク
- 高血圧:産後に続く例があり、将来の慢性高血圧につながることがあります。例えば、妊娠前は血圧が正常でもその後に上がる場合があります。
- 腎疾患:腎機能が低下することがあり、定期的な検査で早めに気づくことが重要です。
- 心血管疾患:心筋梗塞や脳卒中などのリスクがやや高くなると報告されています。
産後の検査と受診の目安
- 産後6週間の診察で血圧と尿検査を受ける
- その後は少なくとも年に1回、血圧と血液検査(腎機能や血糖など)を受けることを目安にしてください
- 血圧が高い場合は家庭での測定を続け、医師と相談しましょう
日常でできる対策
- 塩分を控えめにしてバランスの良い食事を心がける
- 週に数回の有酸素運動(散歩や軽いジョギング)を行う
- 体重管理と禁煙を心がける
- ストレス対策や十分な睡眠をとる
次回妊娠や医療連携
今後妊娠を希望する場合は、事前に産婦人科や内科と相談してください。妊娠歴を次の医療者に必ず伝え、必要なら専門医のフォローを受けましょう。
最後に
妊娠高血圧腎症を経験しても、定期的な検査と生活習慣の改善でリスクを下げることができます。気になる症状があれば早めに受診してください。